校長会の研究 第13回   2001.12.20  
校長会と教頭会その3
 教頭会
法規演習における労働安全衛生法違反(上)


■最後の『演習報告』

 昨年度の「茨城県県立学校教頭研修会」(2000年8月8日・9日、ひたちなか市ホテル・クリスタルパレス)における「法規演習」の問題文と模範解答を掲載した報告集(『平成12年度茨城県高等学校教頭研修会における演習報告』。以下、『演習報告』という)が、演習の実施から11か月後の2001年7月上旬になってやっと刊行され、会員に配付された。
『演習報告』の「発行者」は、従来茨城県教育委員会と茨城県高等学校教頭会の2者だったが、茨城県教育委員会は今回離脱した。教頭会は、『演習報告』の発行は今回限りとし、以後は発行を取り止めるとのことである。

■うつ病の教職員への対応
『演習報告』廃刊記念号に掲載された法規演習第6題は、次の通りである。
「県立A養護学校のB教諭は、現在うつ状態で自宅療養中である。C教頭は職場復帰のステップとして、また、病状を把握する意図もあって月に1、2度学校にくるように助言した。そこで、B教諭は初めて学校に来ることになったがその途中自家用車にはねられ、全治2ヶ月のけがを負った。@校長の責任はどうなるか。A校長に相談せず、独自の判断でB教諭に助言したC教頭の責任はどうなるか。BB教諭は公務災害適用の対象となるか。Cどのような対応をすることが必要であったか。」
 さまざまの要素が複雑にからみあった事例である。4000字以上に及ぶ模範解答は混乱を極め、論旨をたどるのも困難だが、以下、@からCまでの設問ごとに要約する。
BB教諭は療養休暇中なので、「学校にくるように」というC教頭の「助言」は「職務命令」ではありえない。かりにB教諭が「職務命令」と理解したとしても、自宅から学校への移動は通常の勤務のための「通勤」とはいえないので公務災害(通勤災害)には該当しない。B教諭は相手方自動車の「自賠責保険」で賠償をうけるほかない。
A教頭は「校長補佐機能の立場から事実上の監督権を行使している」のであるが、「校長を抜きにしては職務命令は出せない」。この件では「B教諭の今後の対応ということでその取り組みについて校長と話し合っておく必要がある内容であり」ながら、それを怠ったので、「行政責任を問われる場合もあろう」。刑事責任までは問われないが、民事上の損害賠償責任を問われることも考えられる。
@校長には、民事・刑事・行政いずれの責任もない。
C本来このような事例では、「教頭の家庭訪問による実態把握」と「主治医との情報交換」、「主治医の対応等に関わる助言等」の措置を取るべきであった。(以上が模範解答の要約)

■労働安全衛生の観点の欠如
 問いのたてかたから判断すると、出題者(県教育委員会)としては、教頭が校長の指示を受けたかどうかをもっぱら問題にしているらしく、事故が発生した場合の校長・教頭の責任回避にしか関心がないようだ。しかし、その点に関する解答としてもこれではあまりにもお粗末で、当然不合格である。
 教頭の指示で学校に向かう途上の事故が公務災害(通勤災害)に該当しないとする主張も、もちろん間違いである。県教育委員会・校長会・教頭会は公務災害問題での連続完全誤答記録を更新した。
「正解」は最後に示すことにし、まず設問と模範解答の本質的欠陥がどこにあるのかを検討しよう。
『演習報告』の根本的な誤りは、労働安全衛生の観点が完全に欠落していることにある。『演習報告』では、関係法令の条文を列挙した上で(番号のみ)、最後に「まとめ」として模範解答を示しているのであるが、この演習題に関しては、学校保健法と県教職員保健管理規則の条文はあげられているが、労働安全衛生法と関係規則は全く示されていない。
 この法規演習第6題は、労働安全衛生法の規定に基づき、産業医(県の要項上では「健康管理医」)や衛生管理者、衛生委員会による対応が必要となる事例である。
労働安全衛生法は、労働災害の防止や労働者の心身の健康維持を目的として、快適な職場環境づくり、労働条件の改善の活動を推進するために、産業医・衛生管理者・衛生委員会等の機関の設置を定めている。健康を害した労働者が出た場合には、ただちにこれらの機関が連係して療養、職務軽減等の措置を講じて、健康回復をはからなければならない。
これらの機関の介在なしに管理職員が独断で病状の「把握」をおこなったり、「職場復帰」の段取りをつけたりするのは違法行為であり、許されない。
したがって、教頭が校長の指示を受けずに先走ったことのみを戒めている模範解答も誤りである。かりにC教頭が校長との協議を経ていたとしても違法である。C教頭でなく、校長みずからが行動したとしても違法である。
 労働安全衛生法の制定(1972年〔昭和47年〕)から30年近く経過し、本県県立学校での安全衛生管理体制の設置(1995年度)からも、すでに6年以上を経ている。いまだに茨城県教育委員会、茨城県高校長協会、茨城県高等学校教頭会は、臆面もなく法律違反の主張を繰り広げている。

■うつ病の症状 
 問題文では「うつ状態」としているが、「自宅療養中」ということであれば、B教諭は「うつ病」である。「法規演習」における、「うつ病」事例の取り上げ方はあまりにも安易であり、危険な結果を引き起こすおそれがある。「法規演習」において、「うつ病」事例に取り組むことで、教頭らがあたかも法律的・医学的に有意義なことを勉強したような気になり、妙な自信をつける。それで終わればよいが、実際の場面で軽率な対応をして、取り返しのつかない結果を引き起こす可能性が飛躍的に高まる。
うつ病の症状としては、憂鬱な気分、気力の減退、思考の停滞、イライラした気分、食欲の減退、睡眠障害、疲労感・頭痛・肩凝り・動悸等の身体症状などがあげられるが、これに加えて特徴的な症状として「自殺念慮」がある。症状としての無力感、自己矮小感が生じ、自分のような者が生きていてもしかたがないと感じて容易に自殺にいたるのである。
症状が最も重篤な時期には、もはや自殺の段取りをつける気力さえ失ってしまうため、むしろうつ病に罹患した初期と重篤な時期を過ぎた回復期に、自殺の危険性が高まる。
 うつ病の患者に対する安易な励まし(「そんなことではダメだ」、「頑張れ」、「気をしっかり持て」)が、大きな精神的重圧となる。余計なストレス要因を避け、静かに過ごすことが必要であるのに、「善意」と無知から発せられるひとことひとことが、決定的な悪影響を及ぼし、患者を自殺決行に追い込むことになる。

■学校教員とうつ病
 うつ病は大きく二つに分類される。ひとつは、本人の遺伝的要因に起因するとされる「内因性うつ病」であり、もうひとつが外的要因による「反応性うつ病」である。
 後者の反応性うつ病の原因はさまざまである。近年、長時間労働や仕事上のストレス要因による精神的疲労の蓄積が発症の原因として注目されている。
 学校教員の場合、学校によって条件や事情がずいぶん異なるし、おなじ状況であっても、そこから受ける影響の「個人差」もきわめて大きい。いちがいには言えないが、同僚・上司の有効なサポートを欠いた状態で、ほぼ一日中対人ストレスにさらされつつ、休憩・休息もないままで、長時間にわたる比較的密度の高い労働に従事する傾向が強い。あまり自覚されないようだが、学校教員は、仕事の性質上大きな精神的ストレスにさらされる機会が多く、精神的・神経的疲労が不可避的に蓄積してゆく。学校教員という仕事は、反応性うつ病を発症する危険性が極めて高い職業といえる。
 文部科学省・教育委員会の統計は不十分であるうえ、診断名の不統一もあるが、長期療養休暇・休職の原因中、多くの事例が「うつ病」によるものと推定できる。

■うつ病への安易で危険な対処
 月に1、2度学校に出掛けられるような状況だとすると、演習題のB教諭は回復期にあるのだろう。
 まちがったアドバイスによって、追い詰められ自殺してしまう危険性は非常に高い。自殺に至らなかったとしても、教頭の指示で学校へ向かう途上交通事故に遭えば、怪我、入院、事故処理と、健康時でも耐え難いと感じるような、ひどい苦痛を受けることになり、病状の決定的悪化は避けられない。もはや職場復帰どころではなくなる。のんきに「校長の責任はどうなるか」などと言っている場合ではない。
 したがって、「教頭の家庭訪問による実態把握」と「主治医との情報交換」、「主治医の対応等に関わる助言等」が必要であったとする「模範解答」の方も落第である。
「教頭の家庭訪問による実態把握」は、労働安全衛生制度上の越権行為であるだけではない。「頑張れ」などと下手にに励ましたりして、自殺など最悪の結果を招く可能性がたかい。
 そもそも職場の管理職員が療養中の自宅にまで押し掛けるなど、有害無益で最悪の対応である。不作為も含めて、職場における管理職員らの不適切な対応がうつ病発症の原因だったかも知れないのだ。いずれにしても症状が悪化する可能性が高い。
「主治医との情報交換」についていえば、権限のない教頭がことわりもなく主治医と面談し病状などについて具体的に聞き出したりすれば、職員のプライバシーを不当に侵害することになり、許されない。とくに精神神経疾患の事例で、職場の上司が安易に医師と「情報交換」するなど論外である。
「主治医の対応等に関わる助言等」も問題外である。教頭が医師に何を「助言」するのか知らないが、医師でない者が治療に介入するのは医師法に抵触する。
 模範解答の教えは、演習題のC教頭の行動より一層危険であり、常軌を逸している。

■おびやかされる教職員の生命と健康
 県教育委員会や校長会・教頭会は、おたがいに、無知に起因する間違った見解を教えたり教えられたりしている。彼らは、それを公務としておこない、給料はもちろん、出張旅費や日当まで受けている。
 恐ろしいのは、こうした法律的・医学的な無知や錯誤が、たんに「教頭研修会」の場でのバーチャル・リアリティー(仮想実体験)にとどまらないことだ。本県教育行政当局と県高校長協会・県高校教頭会における労働安全衛生法無視体質は、日々、現実に、教職員の生命・健康をそこなっていると言っても過言ではない。
 本研究第11回で見たように、県教育委員会・県高校長協会・県高校教頭会は、「職場レクリェーション」について、たんに誤った法解釈の勉強をしただけではない。彼らは、昨年度まで地方公務員法第42条に基づく「職場レクリェーション」について、本来取るべき措置を怠り、間違った指示を出していた。これにより、1999年5月24日、土浦工業高校で起きたレクリェーション中の負傷事故において、当然得られたはずの公務災害補償の道が閉ざされ、当該職員はじめ同僚らは多大の苦痛と不利益をこうむった。
 このことで、県教育委員会の担当者や当該所属の管理職員らは、誰一人責任を取ることはなかった。重大な不利益を生じていながら、誰も責任を取らないというこの無責任体質は、現在もそのままである。
 だから、土浦工業高校の事故以降も、労働安全衛生法違反に起因するなんらかのトラブルが、毎年起きている。それらのトラブルは、一見、外部の機関が引き起こしたものに見えても、県教育委員会・県高校長協会・県高校教頭会の労働安全衛生法無視体制こそが、その真の原因である。
 本研究は以下において、県教育委員会と校長協会・教頭協会3者の違法体質が引き起こした事件として、昨年起きた健康診断の際のX線過照射事故と、今年度の健康診断契約の際の談合事件の2件について検討する。

■健診協会X線過照射事故
 2000年5月15日、茨城県総合健診協会(水戸市笠原町。以下、「健診協会」と略称)は、県立桜ノ牧高校と常北高校で実施した健康診断において、胸部X線検査機器の故障による放射線過照射事故を起こした。
 事故の真相は、現在もよくわかっていない。当初、健診協会は機器の故障によりX線の照射量が不足したためにフィルムが露光不足となったと言っていたが、当該学校の教員からの説明要求に進退極まった結果、6月1日になって、X線の過大照射によるフィルムの露光オーバーであったことを認めるに至った。事故から10日以上たったある日、偶然にフィルムを目にした担当外の職員から指摘されて、はじめて露光オーバーが判明したというのである。
 X線照射機器メーカーとして検診車両の製作・納入をおこなった株式会社日立メディコ(茨城営業所=水戸市泉町、本社=東京都千代田区内神田)は、事故当日ただちにX線照射機器の故障による過剰照射であることを認識し、当日夜までに絶縁不良となった高圧電源コードの交換作業を完了したと説明しており、健診協会の釈明との食い違いをみせている。この件につき疑問点を提示して説明を求めている茨城県高等学校教職員組合にに対し、健診協会は面会と説明を拒否し続けている。

■県立医療大学教授の役割
 さらに、再現実験(6月13日・14日)と、当該校の生徒・保護者向け説明会での説明(7月1日桜ノ牧高校。同4日常北高校)を担当した茨城県立医療大学放射線技術科学科の石川演美教授( http: // www.rs.ipu.ac.jp / ishikawa / ishikawa.htm )が、大学を休むなどして、大学とは無関係にあくまで個人として関与していたことがわかった。県立医療大学は当初、県情報公開条例に基づく教授の出勤簿の開示請求を拒んで非開示としたが(2000年8月10日)、これを不当とする県情報公開審査会(野中邦子委員長)の答申(2001年4月27日、答申第58号)を受けて出勤簿が開示され(同7月9日)、事故から1年以上経って判明したものである。
 事故当時、石川氏の関与は一貫して「県立医療大学放射線技術科学科教授」の肩書きのもとでおこなわれていた。しかし実際には県の機関としての県立医療大学はこの件にはまったく無関係であり、石川教授と部下の助手らが個人的に携わっていたに過ぎなかった。県の機関ではなく一民間団体である健診協会が、休暇中ないし休日の大学教員に依頼して、実験や説明をおこなわせたことになる。
 県立学校で発生した396人の生徒・教職員の医療事故に関する業務となれば、県立大学の教授が公務としてこれに携わるのが当然であり、再現実験の実施、鑑定書の作成、関係者への説明、照会への回答などはすべて県の行為としておこない、結果はすべて県の公文書として作成・保存し、請求があればこれを全面的に開示すべきものであろう。
 物品の貸与・持ち出しに関する文書上の記録は存在せず、実験当日、県立医療大学から測定機器が運ばれた様子もない。結局、再現実験に使用された機器をどこから調達したのかも不明のままである。万一、年休をとった教授が持ち出したとすると、県の備品を個人的に流用したことになる。
 県立医療大学は、石川教授らに対して出張命令も出しておらず、兼職承認や職務専念義務免除等の措置も一切とっていない。石川氏が検診協会の依頼を受けて作成提出した鑑定書についても、大学としては一切関知していないとしている。つまり県の文書ではないから、保存もしておらず、したがって開示することもできないというのである。

■検診協会の責任
 財団法人茨城県総合健診協会は、県知事が理事長をつとめるほか、県職員の退職者や出向者が副理事長や業務部長などの重要ポストを占めたうえで、毎年県から多額の補助金を受けて運営されている公益法人である。健診協会の公的責任は否定すべくもない。
 しかしながら、健診協会は県の機関ではないことから県情報公開条例の適用を免れたうえで、面会・説明を拒絶するなど、県民の健康を守るという自らの存在理由を自ら踏みにじる対応に終止した。
 この健診協会が、昨年まで第1学区を除き第2学区から第5学区までの全部の県立学校の生徒と教職員の健康診断を一手に引き受けていた(第1学区は日立メディカルセンターが実施)。
 健診協会が、長期にわたって県立学校教職員と生徒の健康診断に携わってきたのはなぜか。その経緯をたどってみよう。
           (以下次号)                    



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