校長会の研究 第14回 校長会と教頭会(その4) 2002.1.28
教頭会法規演習における労働安全衛生法違反(中)
■総合健診協会による健診請負体制
2000(平成12)年度まで、財団法人茨城県総合健診協会(水戸市笠原町489-5。理事長=橋本昌茨城県知事。以下、「総合健診協会」と略称)が、第2学区から第5学区までの全部の県立学校の教職員の定期健康診断を包括的に受注していた。
(第1学区は日立メディカルセンターが実施。なお生徒等については第1学区を日立メディカルセンターが実施するほか、特殊教育諸学校と高校の定時制通信制で一部健診項目を茨城県メディカルセンターが実施するのを除き、大部分を総合健診協会が実施していた。前号の記述に一部誤りがあったので、以下のように訂正する。)
総合健診協会による広範囲に及ぶ請負は、県教育委員会との直接契約によるものではなかった。県教育委員会から、すべての県立学校の生徒と教職員の健診事業を委託された茨城県学校保健会が、総合健診協会等との間で契約を締結し、その全部を「再委託」していたのである。
建設業界を彷佛とさせる重層請負体制(「子請け・孫請け」)である。
■定期健診の委託契約の変更
県教育委員会は、X線過照射事故を契機に、県学校保健会を介在させた健康診断の重層下請状態を解消するためとして、従来の県学校保健会への一括委託をとりやめた。2001(平成13)年4月2日、県教育委員会は、2001年度分の全県立学校の生徒等と教職員の健康診断について、3つの健診機関との間で委託契約を締結した。
従来、県教育委員会と健診実施機関との間に、県学校保健会を介在させたこと自体が不適切だったのであり、今回それを解消したことは当然である。
しかし、県学校保健会を通すか通さないかの違いはあるが、結局のところは、県教育委員会が全県立学校を包括する定期健康診断実施体制を設定していることには変わりがない。県立学校教職員が誰一人知らぬ間に、県教育委員会保健体育課の手でひそかに健診機関との契約が結ばれ、定期健康診断の実施体制が作られてしまった。
労働安全衛生法は、こうした包括的手法を許容していない。これは、あきらかな違法行為であった。
■職場ごとの安全衛生管理体制
労働安全衛生法が、産業医・衛生管理者・衛生委員会等の設置を定めていることはさきに見たとおりであるが、重要なことはそれらが事業場ごとに設置するよう定められていることである。「事業場」とは、ひとつひとつの学校職場のことであり、高校111校と特殊教育諸学校19校のそれぞれに安全衛生管理体制を設置し、おのおのを独立して活動させなければならないのである。
医師だけは、職場内にはいないので近辺の医師を非常勤の職員として任命するほかないが、衛生管理者は職場外の者ではだめで、当該職場に専属する常勤職員でなければならないし、衛生委員会の委員は当然職場の者でなければならない(委員の半数は労働者側の推薦によって任命される)。衛生委員会の委員長は、当該職場の業務遂行に関する最高責任者(企業であれば、工場長とか支店長、学校であれば校長)が直接つとめなければならない。次長(副工場長、副支店長、教頭)による代理は認められない。
労働安全衛生の全分野(作業管理・作業環境管理・健康管理)にわたり、職場ごとに具体的に立案し実行しなければならない。「上」のほうや「中央」などでは、そもそも各職場の具体的状況を把握することすらできないのであって、実際に意味のあることをしようとすれば職場ごとに活動するほかないのである。
130校を単一の労働安全衛生組織に包括したり、まして各学校の頭越しに県教育庁内に管理組織をおいて、県内全学校を包括的に統制したりすることは、労働安全衛生法のうえから、到底許されないのである。
■職場ごとの定期健康診断
他の事項についても同様だが、定期健康診断は、職場ごとに当該安全衛生組織が内容を検討・決定し実施すべきものである。
毎年定期に医師による健康診断をおこなわなければならないことと、具体的検査項目は法令で定められている(労働安全衛生法第66条、労働安全衛生規則第44条)。しかし、指定の検査項目や方法はあくまで最低基準であるから、あらたに項目を追加したり、より精度が高く、侵襲性の低い方法に変更することも考慮されるべきである。
健康診断は労働時間内におこなわれるので、仕事とのかねあいも重要である。仕事の合間では、血圧の変動は避けられない。血液検査は12時間絶食後に実施しなければならないから、当然朝食抜きで採血することになる。食事抜きの状態では、仕事はできない。午前中に検査を実施し、食事を摂ってから仕事にとりかかるのが妥当だ。
なにより、検査機関の選定が重要なポイントである。信頼のおける機関、責任体制のはっきりした機関を選ばなければならない。すくなくともしばしば医療事故をおこしているような機関は対象外だろう。
■労働者の権利
こうしたことをすべて考慮し、検査機関を選定したうえで、検査日・検査日程・勤務の割り振り等を調整し、健診をおこなう手順を定めるのが、産業医を含む各職場の安全衛生管理組織の職務である。
観点を変えれば、こうした決定に参画することは、衛生委員会に代表を送っている労働者(管理職員以外の教職員)の固有の権利である。職場外の行政機関が介入し、勝手に業者選定をおこなったり、実施方法を決定して強要することは、違法行為であり、絶対に許されない。
■指定業者との随意契約
2001年度の定期健康診断の業者選定は、つぎのような手順でおこなわれた。
前年度末の2001年3月13日、県教育委員会保健体育課学校保健係は、翌年度の定期健康診断について、予定金額1億6467万5700円で、県内5通学区ごとに随意契約方式で委託する案を作成し、契約書の案文等を添えた起案文書を作成した。
この文書は仲澤進学校保健係長、寺門巧総括課長補佐を経て、坂本忠夫参事兼保健体育課長(現在水戸三高校長)へと稟議され、ついで菊池章総務課総務係長、萩野谷茂総括課長補佐、山本久雄総務課長、そして稲葉節生・武類晃両教育次長と回って、最後に川俣勝慶教育長の決裁を受けた。
保健体育課は、随意契約方式とすることの理由を、「単純に価格競争し、不適当な健康診断を行う検診機関と契約することがないようにするため、次の条件をすべて満たす検診機関に委託する必要がある」として、4つの条件を挙げた。
■指定業者の「4条件」
すなわち、(1)「健康診断の結果のデータの蓄積ができ、健康管理のためにその結果を活用する体制のとれる」こと、(2)「プライバシー保護のためにも信頼のおける検診機関であること」、(3)「実績が豊富であり、設備及び人員を充分に確保できる検診機関であること」、C「大量の健康診断を適切に実施できる設備を有する検診機関であること」。
事業場(学校)ごとに実施するのであれば、右の(3)やCの条件は必要ない。ところが、最初から医療機関での健診の可能性を排除し、通学区単位とはいえ県内全域に及ぶ移動健診方式を前提とする以上は、県内全域を営業範囲とし、健診車と出張要員を大量に保有する機関だけしか対象にならないことになる。
■指名業者の「信頼度」
ついで、右の文書が教育長決裁を受けた3月15日、保健体育課学校保健係は、「定期健康診断業務委託業者推薦書(決定伺)」を起案した。翌16日、課内会議室で保健体育課の「課選定委員会」が開催され、財団法人茨城県総合健診協会、財団法人茨城県メディカルセンター、財団法人日立メディカルセンターの3業者を推薦することが決定した。
推薦書の「推薦理由」欄には「信頼度」という項目がある。「不誠実な行為がなく信頼性が高い」について、総合健診協会の欄にも「○」印が付けられていた。
水戸桜ノ牧高校と常北高校でのX線過照射事故が起きてから1年もたっていない。整備不良の老朽機器を使用していたこと、396人に及ぶX線照射の際、ただの一度も照射量のモニターをおこなわず、規定の9倍以上とされる放射線で生徒・教職員を被爆させたうえ、当初は「照射不足」と偽って切り抜けようとしたこと、最終的な説明が修理をおこなった機器納入業者との間で食い違っていること、等々にもかかわらず、総合健診協会は「不誠実な行為がなく信頼性が高い」と評価された。
これでは、他の2者の評価の根拠も危ういと言わざるをえない。
■3業者の見積額
3月16日、ただちに右の推薦書を含む文書が作成され、それをもとに3月22日、こんどは教育庁の全課長・室長による「庁選定委員会」が開催され、総合健診協会と水戸メディカル、日立メディカルの3業者が「指名業者」に決定した。
3月27日付けで、検査項目名、出張健診先の校名と対象人数を記した「業務仕様書」等を添付した「入札(見積)通知書」が、第1学区から第5学区までの各学区ごとに作成され、3業者に対し送付された。
年度があらたまった2001年4月2日、県庁保健体育課内会議室で、3業者が参加して随意契約のための見積がおこなわれた。
学区ごとに、最低価格を提示した業者(傍線)が委託業者に決定し、即日、契約が成立した。
学区ごとの3業者の見積金額は以下のとおりである(消費税分は含まれない)。
▼第1学区
日立メディカル 19,544,600円
茨城メディカル 19,564,600円
総合健診協会 19,554,600円
▼第2学区
日立メディカル (辞退)
茨城メディカル 40,423,500円
総合健診協会 40,413,500円
▼第3学区
日立メディカル (辞退)
茨城メディカル 15,481,700円
総合健診協会 15,491,700円
▼第4学区
日立メディカル (辞退)
茨城メディカル 34,235,800円
総合健診協会 34,245,800円
▼第5学区
日立メディカル (辞退)
茨城メディカル 47,088,400円
総合健診協会 47,078,400円
■検査費の単価と人数
日立メディカルは第1学区を獲得し、それ以外をすべて辞退した。のこり4学区を茨城メディカルと県総合健診協会が二つずつ分け合った。
3業者が揃って見積に参加した第1学区の見積額について、その内訳を見てみよう。
日立メディカルは次のような額を記入した見積書を封筒に入れて提出した。(検査項目別に単価を示す。括弧内は人数。)
(1)幼児児童生徒
尿検査 240円 (10,760)
寄生虫卵検査 180円 (のべ220)
心臓検診 1,900円 (3,670)
胸部間接撮影 680円 (3,630)
胸部直接撮影 2,220円 (15)
喀痰検査 2,600円 (15)
(2)教職員
一般検診 1,850円 (840)
心電図検査 1,500円 (840)
血液検査 3,000円 (810)
胸部間接撮影 1,200円 (790)
胸部直接撮影 2,220円 (40)
喀痰検査 2,600円 (40)
コリンエステラーゼ 200円 (40)
胃の検査 4,070円 (230)
(3)結核精密検査
巡回検診料 40,000円 (2回)
■検査の内訳と見積合計
(1)の幼児児童生徒の健診項目のうち、全員について実施するのは尿検査だけで、心臓検診(血圧測定と心電図検査)と胸部X線間接撮影は高校1年生のみが対象である。総額は12,135,700円となる。
(2)の教職員の定期健康診断は、身長・体重・血圧・尿検査などの一般検診と心電図検査は全員実施するが、血液検査と胸部X線間接撮影は、人間ドック受診者分を引いた人数になっている。コリンエステラーゼは有機リン系農薬中毒の検査であり、業務で農薬を使用する現業職員の人数、胃の検査は対象となる40歳以上の人数である。
40歳未満の教諭等の場合で、1人当り7,500円、40歳以上では11,620円になる。教職員分の総額は7,328,900円である。
生徒・教職員ともに胸部X線直接撮影と喀痰検査の人数は、間接撮影の結果決定される精密検査対象者の予想人数である。(3)は、その際の対象校への巡回検診の基本料金である。学区内で2回、すなわち2校でおこなわれると想定しての見積額である。
以上、合計額は19,544,600円である。
■3業者同一の見積額
茨城メディカルの見積額は、1点を除き、日立メディカルとまったく同額であった。茨城メディカルは、(3)の結核精密検査巡回検診料を単価50,000円、合計100,000円とし、合計額19,564,600円で見積もった。
県総合健診協会の見積額も、1点を除き、日立メディカルとまったく同額であった。総合健診協会は、(3)の結核精密検査巡回検診料を単価45,000円、合計90,000円とし、合計額19,554,600円で見積もった。
(3)以外の全検査項目に関する3業者の見積単価はまったく同額であり、結局、(3)を単価40,000円、合計80,000円で見積もった日立メディカルが「最低価格」を提示して契約業者に決定したのである。
■他の通学区の見積額
第2学区は、どうか。
日立メディカルは、見積書を提出した上で辞退している。見積書には検査単価だけは記載してある。その単価は第1学区の場合と同額である。ただし、(3)の精密検査巡回検診料を50,000円としている。
茨城メディカルは、(3)の精密検査巡回検診料を単価50,000円、2回分の合計100,000円とし、合計額40,423,500円で見積もった。
総合健診協会は、(3)の精密検査巡回検診料を単価45,000円、2回分の合計90,000円とし、合計額40,413,500円で見積もった。第2学区は総合健診協会に決定した。
以下、学区ごとに、3業者が提示した(3)の巡回検診の見積額を摘記する。
▼第3学区
日立メディカル 50,000円(辞退)
茨城メディカル 40,000円(決定)
総合健診協会 45,000円
▼第4学区
日立メディカル 50,000円(辞退)
茨城メディカル 40,000円(決定)
総合健診協会 45,000円
▼第5学区
日立メディカル 50,000円(辞退)
茨城メディカル 50,000円
総合健診協会 45,000円(決定)
県北の日立市東多賀にある日立メディカルは、(3)に40,000円を提示して日立市近辺の第1学区だけを受注した。
残りの4つの学区では、総合健診協会が(3)について常に45,000円を提示しておいたうえで、茨城メディカルが、自分で受注する時は40,000円を、相手に譲る時は50,000円を提示した。
■県教育委員会の予定価格
保健体育課は、あらかじめ学区ごとに「予定価格」を算出しておいた。当日、提出された3業者の見積額と照合して、見積額がこの「予定価格」を超えない場合に契約を締結することになっていた。
5学区すべてにおいて、保健体育課の「予定価格」は、(3)の巡回検診料を50,000円として算出した総額に一致していた。保健体育課が想定した検査単価は、3業者の見積における単価とまったく同じである。
3業者間で、事前になんらの打ち合わせもなしに検査単価が一致しただけでなく、入札執行者である保健体育課の設定した「予定価格」の算出根拠となった検査単価もまた、3業者の見積と完全に一致したのである。考えられないような偶然がいくつも重なった。
そして、必然的に事故が発生した。
第2学区の定期健診において、胃のX線検査の撮影済みフィルムが取り違えられ、52名の受診者に他の人の検査結果が通知されるという事故がおきた。 (以下次号)