校長会の研究 第10回 校長会と教頭会 その1
「教頭会法規演習」
   2001.5.9

研修問題
 最近、「研修」をめぐって異様な事態が起きている。
 第4学区の或る高校で、新任の校長が、昨年度の途中になって突然「研修」問題で指示をおこない、従来取得できていた「研修」が大幅に制限されるようになった。
 長期休業日の自宅研修だけはかろうじて存続しているものの、通常の授業日の午後4時以降の研修は一律不許可となった。定期テスト日における午後の研修も、一切なくなり、教員は午後5時10分まで校内にとどまることになった。入学試験の合格判定会議(3月12日)は午前10時30分には終了したものの、教員は午後3時過ぎまで帰宅を許されなかった。
 別の学校でも、定期テスト日に午後4時に帰宅する際、或る教員が1時間分の年次有給休暇を取得した。ほかにも同様の例がみられる。
 結果的に研修剥奪に至らないにしても、多くの学校で校長らが研修につき「県民の目がある」ので「誤解を受けないような配慮」をしてほしいとの指示をしている。その際、校長らは「校長会において県から指示された」として、その指示事項の伝達という形をとっている。

■高校教育課の指示
 校長らが「校長会」と言っているのは、任意団体・茨城県高等学校長協会の会合のことであり、「県からの指示」とは、その場に同席している高校教育課の課長・課長補佐・管理主事らの発言を指している。
 法令に根拠を有しない任意団体の活動は、文部科学省・県教育庁の基準に照らしても到底公務ではありえず、公費の支出などもちろん許されない。ところが、校長らは教育委員会規則(茨城県県立学校管理規則第27条)によって与えられた出張許可権限を違法に行使し、正当な理由なく自分で自分に出張命令を発して、私的団体である「高校長協会」の会合を開いている(本研究第1回)。
 いっぽう、高校教育課の人事担当者らは、本来これらの違法支出をやめさせ、従わない場合には懲戒処分をおこなうべきところであるが、先輩たる校長協会幹部らに屈従し、また、いずれは与えられた人事権限を行使してみずから校長協会幹部になることを見越して(本研究第8回)、こうした長年の悪習を容認したうえ、「指示伝達」をおこなうためと称して当該会合に毎回必ず出席し、積極的にこれに加担している。
 そもそも、こうした任意団体の私的集会の場で、県立学校の教職員の勤務関係について具体的指示をおこなうことは、行政の基本原則の根幹を揺るがすものであり、到底許されない。(本研究第2回)
 さて、教育庁の保存文書や校長協会の記録文書、校長らの出張復命書によれば、1999年度以前の「県教委指示事項」には、「研修問題」は見当たらない。当該会合で 「研修問題」が取り上げられるようになったのは、2000(平成12)年度以降のことである。
 2000年4月19日、水戸プラザホテルで開かれた高校長協会全体会で、新任の山田隆士高校教育課長は次のように述べた(読み上げ原稿)。
 「服務規律の確保に関しては、今申しあげました飲酒運転や体罰等に加えて、入学式、卒業式、あるいは定期試験日等の生徒を帰したあとの勤務時間について、周辺の住民にきちんと説明ができるような配慮が必要になってくるかと思います。校長先生方におかれましては、教職員を見る世間の目が、考えている以上に、急速にシビアになっ ていることを再確認いただきたいと思います。」

■校長会と研修問題
 地区校長協会の会合の際にも、出席した管理主事から同様の指示が行なわれたのかも知れないが、指示内容についての行政文書が作成・保存されないので、はっきりしたことは分からない。
 ひとつだけ、2000年7月4日の県南地区高校長協会の会合で、「授業日における自宅研修」について話し合われたことが記録に残っている。
 注目すべきことは、山田高校教育課長は「入学式、卒業式、あるいは定期試験日等の生徒を帰したあとの勤務時間」について言及しただけなのに、ここでは「授業日における自宅研修」が問題にされていることである。
 この場で、同一歩調をとるべく打ち合わせがおこなわれたことは明らかで、以後とりわけ第4学区の学校でトラブルが多発するようになる。 


■不可解な研修問題の背景
 昨年度以来の「研修」をめぐる一連の動きが、高校教育課と県高校長協会の関与のもとで起きていることは、以上の通りである。
 しかし、いろいろと腑に落ちないことがある。話があまりにも唐突である。それに、研修問題への取り組みを示す文書がほとんど見当たらない。
 なにより、山田課長の指示は、「周辺の住民にきちんと説明ができるような配慮が必要」というものである。意味が取りにくい指示ではあるが、研修に該当しない行為を慎むようにという趣旨と受け取るほかなく、研修を許可しないようにとの指示と受け取ることはできない。だとすると、校長らが課長のこの指示だけで、一斉に研修剥奪に動いたと考えるのは不自然である。
 校長らの発言内容について、突き合わせ作業をしてみると、彼らが同じ語彙、同じ言い方をしていることに気付く。どこの学校にも備えてある学校管理に関する解説本における文部省(文部科学省と改称)筋の解釈と同様趣旨だが、彼らが皆、それを読んでいるとも思えない。なにより、それらのネタ本にも見られない特有の言い回しが、共通して見られるのはどうしてか。
 本研究が達した結論は、以下のとおりである。
 (1)1998(平成10)年以来、高校教育課と県高校長協会は、研修問題につき一連の準備作業をおこなってきた。
 (2)その舞台は、主として「茨城県高等学校教頭会」であった。
 (3)この準備作業の積み重ねのうえで、課長の一言が、一連の動きを引き起こす「キー ワード」として作用し、校長らによる一連の研修つぶしがおこなわれるに至った。
 本研究は、県高校長協会が従える忠実な二軍部隊としての「茨城県高等学校教頭会」 を研究テーマにする。


■茨城県県立学校教頭研修会

 2000(平成12)年8月8日から9日まで、ひたちなか市のホテル・クリスタルパレスで、「茨城県県立学校教頭研修会」が開催された。
 第1日目は、10時からの全体会で、主催者の仲田昭一茨城県教頭会長(水戸一高教頭、現日立二高校長)、高校長協会長(代理=副協会長・池田都實康水戸一高校長)、稲葉節生教育次長の各氏のあいさつと各委員会の活動報告等がおこなわれた。12時から委員会ごとに集合写真の撮影があり、撮影の合間が昼食の時間とされた。
 13時から6つの班に別れて「法規演習」、続いて17時まで、総務課の大久保孝主任が県情報公開条例(平成12年3月28日、県公文書の開示に関する条例の全部改正)について解説する「研究協議T」がおこなわれた。
 第2日目は、7時に朝食の後、8時30分から前半全体会、後半分科会形式で、教育課程に関する「研究協議U」、続いて10時45分から茨城トヨタ自動車の幡谷浩史社長の講話(演題「教頭先生を10倍楽しくさせる方法」)があった。
 昼食後は通学区別研修会と委員会別協議、最後に全体会で打越慎一高教課人事担当課長補佐(現日立北高校長)の講評を受け、15時過ぎに閉会した。
 気の抜けない内容が盛りだくさんだが、楽しみがないわけではない。第1日目の夜は、同ホテルの瑞宝の間の16卓の丸テーブルに料理と酒が並べられ、池田高校長協会副会長(現協会長)、稲葉教育次長の他、山田隆士課長、染谷信洋副参事(現土浦二高校長)、打越課長補佐、大金文郎指導担当課長補佐、小林勉管理主事(現松丘高教頭)等、高校教育課の9名、吉川厚三総括課長補佐等、特殊教育課の3名を上席に据えて、「教育懇談会」と称する宴会が催された。


■法規演習
 第1日目の「法規演習」は、県立の高等学校と特殊教育諸学校の教頭159名が6つの班に割り振られ、それぞれ与えられた問題に対する答案を持参し、選ばれた者による答案の発表と討議がおこなわれる。
 第1班は高校の新任教頭41名、第2班から第5班までは、在任2年目以上の高校の教頭が21ないし22名ずつ、第6班には特殊教育諸学校の教頭28名が割り振られる。
 たとえば1996(平成8)年度に出題された演習題のテーマは次の通りだった(問題文は、200字程度で示される)。
 第1班 休暇・休職の取り扱い
 第2班 授業中の体罰行為
 第3班 遠足実施日における年休
 第4班 生徒同乗での自家用車事故
 第5班 入学式前の部活動中の事故
 第6班(特殊)授業中の生徒の事故


■行政解釈の無批判な踏襲
 これらの演習題について、模範解答が毎年まとめられて、『茨城県高等学校教頭研修会における演習報告』として発行されている(以下、『演習報告』。各校の教頭が保存しているので閲覧できる)。
 模範解答を見ると、案の定、学校教育法第28条第3項における「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」との規定(第51条で高等学校について準用)における、「校務」を「学校運営上必要な一切の仕事を包括的に示した語」とする解釈に立脚していることなど、問題のある記述が目立つ(『平成8年度 演習報告』4ページ)。
 校長の職務としての「校務」とは、「全校的学校業務」すなわち、各学校が学校全体としてなすべき仕事と解するのが正しい。したがって、「校長処理事務」たる「校務」は、学校教育法第28条において規定されている教諭の職務としての「教育」や事務職員の職務としての「事務」とは異なる職務である。したがって、「校務」には、「教育」等の他職種の職務内容は、当然含まれない(兼子仁『教育法〔新版〕』有斐閣、460ページ)。
 学校の仕事の全部を「校務」と解釈したのでは、学校教育法28条の規定は支離滅裂になってしまい、まともな解釈としては到底成り立たない。
 『演習報告』の立場は、この錯乱した従来の文部行政側の解釈を無批判に踏襲し、意味もわからずオウム返ししているだけである。これでは「研修」や「演習」の名が泣いている。


■夢のような教頭権限

 さらに突飛な記述もある。
 学校教育法第28条第4項の「教頭は、校長を助け、校務を整理し、及び必要に応じて児童の教育をつかさどる」との規定について、「整理するとは、このような校務のすべてを必要に応じて命令し、指揮して調整を図り、校長の学校運営が円滑に行われるようにすることである」と極論を述べている(『平成10年度 演習報告』5ペー ジ)。
 「教頭」がこのような絶大な権限を振るってしまったのでは、かんじんの「校長」の出る幕がなくなってしまうだろう。


■法規演習の変化
 従来の教頭会法規演習は、前述の1996(平成8)年度の演習題のように、校内でのさまざまのトラブル、とりわけ「学校事故」を例にあげ、その対処法について検討するというパターンになっていた。いわゆる「危機管理」の予習という性格が強かったのである。(その中で、安易に行政解釈に寄り掛かった一面的法解釈や、どうかと思うような危険な主張が提出されるという問題があったのではあるが。)
 ところが、近年、教頭会法規演習の出題傾向と模範解答のトーンに歴然たる変化が起きている。
 1999(平成11)年の演習題第1問は次のようなものであった(『平成11年度  演習報告』1〜13ページ)。
 「県立A高校の職員室において、3時間目の空き時間に、職員団体の構成員であるB教諭が、採用されてから3か月しかたっていない条件附き採用のC教諭に対して、ビラを渡して職員団体に加入するように勧誘していた。それを見た教頭が、校長の指示を受けてやめるように注意したところ、B教諭は、『教頭の発言は不当労働行為だ。』と主張して、やめようとしなかった。さらに、注意を続けたところ、『今から年休をとって勧誘するので、問題はないはずだ。』と主張した。また、B教諭は日頃から新採教諭に対して、初任者研修と学校行事が重なった場合は、学校行事を優先してよいことになっていると説明している。校長はどう対処したらよいか。」 

■非現実的な状況設定と組合敵視

 出題する「事例」は、フィクションであってもよいが、すくなくとも典型的な事例を演習題とすべきであろう。空き時間に教頭の目前で初任者につきまとい、制止されてトラブルになるなどという、およそ非現実的な「事例」である。
 職員団体の活動に事寄せて、どうかと思うような状況を構成したうえで教頭らに解答を作成させる。すでにこれだけで、当該団体に対する根拠のない敵対感情を醸成することになる。
 模範解答には、「違法な活動に対しては法令等の趣旨に従い、毅然とした態度で臨み、秩序ある学校の運営管理を心掛けなければならない」と勇ましいことばが並んでいる。しかし、「適法」と「違法」についての基準・実例がきちんと示されているわけではない。非現実的で極端な例をあげてそれを論難してみせるようなことをすると、早とちりをした教頭が、職場でのあらゆる組合活動を敵視し、抑圧するという効果を生ずることになる。
 現職の教頭らが、給与と出張旅費・日当の支給を受け、任意団体=茨城県高等学校教頭会の会合の場で不当労働行為の事前訓練をおこなっていることになる。このような「法規演習」は、茨城県高等学校教職員組合に対して根拠のない中傷を加え、理由のない敵対感情を植え付けるものであって容認できない。


■高校教育課方針に反する主張
 この1999年の演習題第1問の問題点はそれだけではない。
 高校教育課は従来、初任者研修と学校行事が重複した場合には、学校行事を優先し、初任者研修を欠席して学校行事に参加するよう指導してきた。
 ところが、表明された高校教育課方針に反して、模範解答は次のように言う。
「学校行事を計画するに当たっては、初任者研修はもとより対外的な行事等を勘案して計画するのが一般的な対応であるが、重複した場合には職務研修としての初任者研修を優先させるべきであろう。」
 たんに初任者研修に出席させよと言っているだけではない。学校行事計画の段階から「初任者研修はもとより対外的な行事等」の方を優先させよという。驚くべき主張である。


■自宅研修の否定

 「初任者研修」が出てきたが、ここで「研修」についての「法規演習」の検討にはいる。
 1998(平成10)年の演習題の第1問は、次のとおりである(『平成10年度 演習報告』』1〜13ページ)。
 「県立A高校の勤務時間は、午前8時30分から午後5時15分までである。生徒指導部の部員であるB教諭は、昼休みの45分間校内巡視を行う役割を割り当てられている。B教諭は、『昼休みの45分と午後の休息時間の15分間をあわせた60分間を午後4時15分から自宅研修扱いにしてほしい。』と教頭をとおして、校長に申し出てきた。校長はどう対処したらよいか。」
 休憩時間の問題と、研修の問題という2つの別個の事項がいっしょくたに扱われており、分かりにくくなっている。
 模範解答は「休憩時間に校内巡視するB教諭に別な時間帯に休憩時間を与えるよう他の教員とは別に勤務時間を割り振ることが必要であろう」としたうえで、さらに、「勤務時間を早く切り上げて自宅研修扱いにすることは、授業・校務に支障がないとしても、研修内容が職務上有益であるとは判断できないので、職務専念義務を免除さ れての研修に相当するとは言えない。」としている。
 「他の教員とは別に勤務時間を割り振る」ことは、「休憩時間は一斉に与えなければならない」とする労働基準法第34条第2項に違反する。模範解答は教頭らに違法行為を教え込むものであり、これだけですでに失当である。
 模範解答のうち後半の「研修」についての部分は、通常の授業日の自宅研修を一切否定する内容である。
 本研究は、この結論だけをとりあげて、それに単純に反発することはしない。この異常な結論の前提となっている法解釈を詳細に検討したうえで、その問題点をすべて明らかにする。


■研修の分類
 『演習報告』は、各演習題について、根拠法の条文の一覧を掲げ、ついでその解釈を箇条書きで列挙し、最後に模範解答を示すという形になっている。
 「研修」は、次の3つの形態に分類されるという。すなわち、
 ア 職務命令による研修
 イ 職務に専念する義務免除による研修
 ウ 勤務時間外の自主的研修
 勤務時間内の研修としてア及びイを、勤務時間外の研修としてウをあげているようである。しかし、この分類自体が大間違いなのである。


■勤務時間外の研修の義務

 まずウについて言えば、法律が教育公務員ないし教員の勤務時間外の研修について規定することなどありえない。
 『演習報告』は、「勤務時間外の自主的研修」の根拠条文として、教育公務員特例法(以下、教特法)第19条第1項と第20条第2項をあげるが、勤務時間外に「絶えず研究と修養に努めなければならない」(19条1)などということは、ありえない。
 また、「授業に支障のない限り……勤務場所を離れて研修を行うことができる」(20条2)という規定は、勤務時間内という前提を欠いては無意味である。もしかして、勤務時間外であれば「授業に支障がない」とでも思っているのだろうか。

■職務専念義務免除による研修

 次にイの「職務に専念する義務免除による研修」だが、そもそも「職務に専念する義務免除」と「研修」とを結び付けるという、この概念自体が矛盾したものである。
 教特法の規定する「研修」は、教員の職務としての研修なのである。だから、研修は職務としておこなうことができるのみであって、職務外の研修という概念は成立の余地がない。
 教特法20条2項の研修を、仮に「自主的な研修」と呼ぶとしても、それは勤務時間内に、勤務の一形態として、指揮・命令・指示を受けることなく、自主的におこなうというものであって、職務専念義務を免除されて、職務外におこなうというものでもあり得ない。
 また、職務専念義務免除するという場合、それは職務一般に専念する義務の免除であって、職務専念義務の免除を受けた後に研修という職務に専念すること自体背理であり、論理的にあり得ないことになる。

(参照条文)
教育公務員特例法
 第19条(研修) 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養につとめなければならない。
 2 (略)
 第20条(研修の機会) 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。
 2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修をおこなうことができる。
 3 (略)


■職専免研修の要件と効果

  『演習報告』は、この「イ 職務に専念する義務免除による研修」の「要件」として、「a授業・校務に支障がないこと。b研修内容が職務上有益であること。c職員から研修承認願が出されていること。d本属長の承認があること」の4点を挙げている。
 『演習報告』は、教特法20条3項では「授業に支障のない限り」と規定しているのに、「a授業・校務に支障がないこと」と根拠もなく「校務」を追加している。教諭が研修を行うことによって、校長の職務である「校務」(=「学校運営上必要な一切の仕事」!)に支障が生ずるというのも、おかしな話である。
 また、ここで「要件」とは、要するに本属長が承認するにあたっての条件ということであろうが、そこに「d本属長の承認があること」は、無意味な同語反復である。
 『演習報告』は、この「イ 職務に専念する義務免除による研修」の「効果」として、「a研修に専念する義務がある。b研修報告書を提出する義務がある。c給与は減額されない。d公務災害の対象にならない」の4点を挙げている。
 「効果」というのも訳の分からない用語であるが、職務専念義務を免除しておいて、研修に専念する「義務」や研修報告書を提出する「義務」を課すとは、いったいどういう意味か理解できない。
 「d公務災害の対象にならない」とは、正しくは公務災害補償の対象とならないということだろう。そして、ここにも大変な誤解があるのだが、公務災害補償制度はきわめて複雑であるので,後ほど改めて検討することとする。

■職務命令による研修という背理

 そしてアの「職務命令による研修」であるが、教員が校長から職務命令を受けて研修をおこなうということ自体が、自己矛盾である。研修は職務命令を受けておこなうものではない。
 『演習報告』は、「職務命令による研修」が成り立つ「法的根拠」としてさきほどの教特法19条、20条を含め法律の条文を大量に挙げているが、校長が教員に研修を命令することができるとの解釈は到底なりたたない(このことについては、教育法学書でよく論じられることなので、これ以上は論じない)。
 思うに、『演習報告』は、いうところの「職務命令による研修」が、たいていの場合出張の形をとること、出張とは、公務のために旅行することであり、「旅行命令」を受けておこなわれるものであるということから、うっかり「研修」そのものが職務命令の対象であると誤解したのであろう。この場合、「命令」の対象は「旅行」であって、「研修」そのものではあり得ないのである。

■模範解答の採点

 以上のとおり、『演習報告』のいう「研修の3つの形態」それ自体が、すべて成り立たない。
 したがって、「勤務時間を早く切り上げて自宅研修扱いにすることは、授業・校務に支障がないとしても、研修内容が職務上有益であるとは判断できないので、職務専念 義務を免除されての研修に相当するとは言えない。」という模範解答は、つぎの諸点で間違っている。
 (1)研修は勤務の一態様であって、勤務時間内におこなうものであるのに、「勤務時間を早く切り上げて」「職務専念義務を免除されて」おこなうものであるとしている点
 (2)授業への支障の有無を判断すればよいのに、「校務に支障」という根拠のないことを問題にする点
 (3)校長には、研修内容にまで立ち入って干渉する権限はないのに、「研修内容が職務上有益である」か否かを問題にしている点。


■B教諭の論理と模範解答の論理

 1998年の演習題第1問は、休憩時間に業務を割り当てたことの代償措置と、放課後の自宅研修とはまったく別の事柄であって、同時に論ずることはできないにもかかわらず、このふたつの問題をリンクさせてしまったところに、重大な誤りがある。その意味で教頭らに勉強させるための演習題としてはまことに不適切であるといえる。
 しかし、ここに「研修」問題の本質が潜んでいるといえる。
 本来、時間外勤務については代休措置を講ずるべきなのであって、「研修」による代償は正しい措置ではない。 その意味で、時間外勤務の代償として「研修」を求める「B教諭」の主張は失当であり、その限りにおいては「B教諭」の要求を拒むべしとする模範解答の結論は、ただしい。『演習報告』の模範解答は、この「B教諭」の主張を職員団体の主張に擬したうえで、それを断固拒絶して溜飲を下げたつもりかも知れない。
 しかし、もう一度よく考えていただきたい。
 時間外勤務の代償措置としての研修許可を求める「B教諭」の論理は、「職務専念義務による研修」(上記の分類イ)があるとする模範解答の論理とまったく同一なのである。
 なんのことはない。「法規演習」は、まず、みずから「B教諭」になりすまして、時間外勤務の職専免研修による代償を要求し、ついで、今度は校長の立場からそれを突っぱねて見せているだけなのである。

■模範解答の自縄自縛

 こうなると、様相は一変する。
 (1)模範解答は、職専免研修による時間外勤務の穴埋めを求める「B教諭」の要求をなんとしても拒絶したいのだが、「職専免研修」(分類イ)の存在を認めるという点では、立場を共有しているため、まさか「B教諭」の要求に対して、「職専免の研修などというものはありえない。研修名目で代休措置としての職専免を認めることなど、そもそもできない」と門前払いすることはできない。
 (2)そのため、「B教諭」に「職専免研修」を許可するか否かについて、個別判断をせざるをえないことになる。
 (3)ところが、「B教諭」による「職専免研修」の求めを拒む理由が、いざとなると見つからない。当然の事である。
 (4)前述の「職専免研修」承認の4要件つまり、「a授業・校務に支障がないこと。b研修内容が職務上有益であること。c職員から研修承認願が出されていること。d本属長の承認があること」をみても、適当な理由がみつからない。cは出ているし、dは元々意味がない。aに該当する理由もない。
 (5)こうなるとbしか残っていないのだが、「有益でない。無益だ」と断定したくてもそう言うだけの根拠がない。言うに事欠いて、ついに「研修内容が職務上有益であるとは判断できないので」ときた。

■研修問題のただしい考え方

 『茨城県高等学校教頭研修会における演習報告』は、自分で自分の衣の裾を踏んづけて、ぶざまに転倒してしまったようで、あえて反発したり批判したりするにも及ばない。
 本研究としては、「研修」問題についてのただしい考え方を再確認し、この問題のまとめとしたい。
 (1)教育行政は、従来「イ 職務に専念する義務免除による研修」の「職務に専念する義務免除」という側面に注目し、そこに、時間外勤務に対する代休措置の役割を担わせてきた。
 これでは、「研修」は、口実に過ぎないことになり、その実質は空洞化せざるをえない。教特法19条と20条が規定する「研修」は、時間外勤務の代償措置として空費すべきものではない。
 (2)「研修」は、法の趣旨にそっておこなわれなければならない。つまり、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養につとめなければならない」(教特法19条)のであり、「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修をおこなうことができる」(20条2項)のである。
 (3)したがって、平常の授業日にあっては、授業終了後、生徒の放課後に教員が勤務場所を離れて研修をおこなうこと、そして、「入学式、卒業式、あるいは定期試験日等の生徒を帰したあと」に学校を離れて研修をおこなうことも、法の趣旨に合致する当然のことである。
 (4)「研修」は、「教育」を職務とする教員が、職務遂行のためにおこなうものである。このようなものとしての「研修」は、自由かつ主体的におこなわれるのでなければ、成果があがるはずがない。職務命令による強制や干渉は本質的になじまない。
 (5)校長は、「授業に支障」があるか否かについてキチンと判断したうえで滞りなく許可をおこない、教員が法の趣旨にしたがい、円滑に研修をおこなえるよう配慮を怠ってはならない。
 (6)教員がおこなう研修に関して校長がおこなう「監督」(学校教育法第28条)は、(5)のとおりであってそれを超えるものではない。結果報告書の提出を求めるなどして、研修のありかたや内容について干渉するのは、「監督」の範囲を逸脱するものであり、教育に対する「不当な支配」(教育基本法第10条)にあたるから違法である。
 (7)授業に支障がないことが明らかであるにもかかわらず、校長が、放課後等の自宅研修を承認しないとすれば、ただちに教特法違反である。研修制度の根幹を否定するものであり、いかにしても許されない。


■高校教育課の責任

 『演習報告』の編集後記にはこう記されている。
 「研修会及び報告書作成にあたり、御多忙のところ懇切な御指導を賜りました、高校教育課の先生方に、厚く御礼申し上げる次第です。」
 これは、たんなる儀礼的挨拶なのではない。高校教育課の人事担当者によれば、「法規演習」における演習題は、かつては教頭会において作成していたが、近年は高校教育課人事係において作成し、出題するようになったのだという。模範解答もまた、高校教育課人事係による添削を経て『演習報告』に掲載しているのだという。
 以上、因果連関にしたがって一連の動きをたどって来た。要するに、教頭時代に「法規演習」によって研修否定の論理を学んだ校長らが、「入学式、卒業式、あるいは定期試験日等の生徒を帰したあとの勤務時間について、周辺の住民にきちんと説明ができるような配慮」をせよと指示されて、いきなり研修剥奪の挙に出たということになる。
 今年度も4月17日の県高校長協会の会合の席上、山田隆士高校教育課長は、研修についての指示をおこなった。文面は前年とまったく同じで一字一句違わない。
 曖昧で誤解を生じかねない言い方だが、決して研修を承認してはならないという趣旨のものではない。
 研修を承認しないのであれば「周辺の住民にきちんと説明」する必要などなくなってしまうのだ。研修がおこなわれるからこそ、教員にはその正しい実施が求められるわけだし、校長には監督の責任が生ずるのである。
 高校教育課が、一方では研修の正しい実施を求めておきながら、他方で研修について誤った教頭教育をおこなってきたことは到底否定できない。だとすれば、高校教育課長は、この矛盾した対応が一部校長の暴走を招いたことについて、深刻に反省すべきである。当面、研修問題での指示について、その趣旨をただしく伝えるための必要な措置を取るべきである。
 今年も8月には「茨城県県立学校教頭研修会」が開かれるのであろう。演習題と模範解答の作成にあたっては、より慎重な対応が求められることになる。
 まさに、県民の目が注がれているのである。   (以下次号)


おことわり
 「研修」についてのトラブルが相次いでいるため、今回の『校長会の研究』は予定を変更して、「第10回 校長会と教頭会(その1)」として発行しました。
前回予告した「第9回 校長会の人事(その4)校長の異動」は、近日中に発行します。ご了承ください。



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